(1)達成が困難な入所者ノルマを課される

寳田さんは、平成24年1月、医療法人介護老人保健施設(以下「本件施設」といいます。)の看護師長として入社をしました。病院側からは、入社時に、看護師長としての管理業務に加えて、95%以上の入所者数を確保するノルマを課されました。

しかし、このノルマは過去にも達成されたことはないばかりか、本件施設の看護師の不足が深刻になっている状況であったことから、入所者を増やしていくことは、医療事故を招くおそれがありました。

(2)膨大な業務と長時間労働

本件施設では、寳田さんの在籍中のわずか1年2か月間で15人の看護師のうち13人が退職して、新人看護師と入れ替わっていくなど、看護師の不足が深刻な状態になっていました。管理職であった寳田さんも、本来の管理業務だけにとどまらず、現場に出て看護業務にあたることから、入所者のレクリエーションの準備に至るまで、多岐にわたる膨大な雑務をこなしていました。そのような状況の中で、慢性的な長時間労働・連続勤務を強いられるようになりました。

(3)組織内での孤立

一方で、本件施設の古参の職員らは、新たに入社してきた看護師長である寳田さんに対して「協力をしない」という示し合わせを行い、イジメともとれる扱いをして、寳田さんを組織内で孤立させていきました。寳田さんは、周囲からの協力が得られない中で、過重業務に追われて、精神的にも肉体的にも追い詰められていきました。

(4)院長によるパワハラと退職強要

平成24年12月、院長が寳田さんに対して、幹部会の席上において、入所者ノルマが達成できないことを強く叱責しました。寳田さんは、経験のある看護師が著しく不足している現状においては、入所者の増員は危険があると訴えました。しかし、院長は理解を示しませんでした。

翌年3月、院長は、ノルマ達成ができなかったことを理由として、寳田さんを看護師長から降格させることを通告してうえで、退職を強く促しました。寳田さんは、この出来事が引き金となって、ついには精神障害(急性ストレス反応、難治性抑うつ病)を発症して、休業を余儀なくされました。

(5)労災の不支給

寳田さんの精神障害を診察した医師は「精神障害の原因は、慢性的な過重労働に加えて、自尊心を根底から揺るがすような降格処分・退職強要による深刻なストレスである」と診断しました。寳田さんは精神障害が回復せず、看護師としての職務を継続することができなくなったことから、平成25年11月に高松労基署に対して労災認定の請求をしました。

ところが、平成27年3月に、高松労基署は、精神障害を生じさせるほどの強い心理的ストレスはなかったとして、業務と精神障害との因果関係が否定し、不支給決定がされました。また、その後の審査請求、再審査請求でも棄却されました。

このように、寳田さんが被った強い心理的ストレスが正当に評価されなかった背景には、

①本件施設がタイムカードを押してから労働するように指示をしていたため、正しい労働時間がタイムカード上に記録されていなかったこと

②施設側が寳田さんの過重労働やパワハラを隠蔽するような説明に終始したことにありました。

(6)裁判の提起

寳田さんは、精神障害が発症した原因が、業務内の長時間労働やパワハラであることが、正しく認定されることを求めて、平成29年1月に高松地裁に労災認定を求めて提訴しました。現在、この裁判が継続しています。

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